序章:江ノ島
男は明け方の江ノ島を眺め紫煙をくゆらせていた。
関東には数十年に一度という大型台風が近づいており、その影響なのか、相模湾にはごうごうと強い風が吹き、海面はうさぎが跳ねるように白波が立っている。
相模湾は魚種が豊富で、青物釣りや深場釣りなど様々な釣りが楽しめる漁場だ。
そんな中、近年夏から秋に盛り上がりをみせる釣りがある。
日本人の大半に馴染みがあり、食として親しまれる魚「マグロ」。そのマグロを釣りあげようと、男はこれから荒れた海に出るつもりだ。
「マグロを釣りにいく」
そう人に話すと、多くの人は「こんな近くでマグロなんか釣れるのかい?」と口を揃えていうものだ。
相模湾で釣れるマグロはキハダマグロという種類で、テレビの年末特番などでよく特集されるクロマグロとは違い比較的小型のマグロだ。
とはいえキハダマグロも釣れれば20キロ以上ある魚なので釣りの対象としてはかなりの大物といえる。
釣り方は至ってシンプル。
簡単にいうと船のアジ釣りと同じ方法で釣れる。アジ釣りの仕掛けを大きく強くしただけなのだ。
複雑なことをせず、シンプルな仕掛けで大物が釣れるという所がまた「キハダマグロ釣り」の人気を高めるものなのかもしれない。
江ノ島から出船した船は、すでに江ノ島のランドマークである展望灯台「シーキャンドル」がうっすらと見える程の位置にまで移動していた。
この日は曇り空。
やや肌寒いと感じる沖合の海上で、男がこれから出会う魚に期待を膨らませていると、船のゆく先に船団が見えてくる。
「マグロの船団だ」
そう確信した男は、昨晩自作したキハダマグロ用の仕掛けをあわてて用意し、お茶をゴクリと一口流し込んで気持ちを落ち着かせた。
勝負のときは近い。
気づくと竿を握りしめる手に力がはいっていた。
第一章:「貴殿」
マグロの仕掛けはアジの大きいものだと説明したが、釣り方は少し違う。
船釣りで狙うアジは主に海底から1~2メートルのところで釣るのに対し、マグロは海面から数十メートルのところに仕掛けを落とし釣るのである。
何メートルにマグロの反応があるかは船長が都度教えてくれるので、あとはその指示ダナ(魚がいる場所)に仕掛けを落とし、コマセと呼ばれるオキアミをばらまいてマグロが食いつてくるのを待つだけだ。
この日は朝一から魚の反応がよく出ていると船長がアナウンスする。
期待に胸を膨らませ仕掛けを落とすこと数回。船長がアナウンスしたタナまで仕掛けが落ちていかず途中で止まってしまう。
なにか魚が食いついたようだ。
巻き上げてみるとほぼ抵抗もなく水面に仕掛けが見えてきた。
竿を一旦船に置き、長い仕掛けを手で手繰り寄せると、微かに抵抗をするがそれはすんなり上がってきた。
シイラだ。
キハダマグロ釣りの「貴殿(ゲスト)」としてかかってくる魚の一つだ。
この釣りでは「貴殿」の大概は、シイラとカツオである。
水面近くで魚がかかるとシイラの可能性が高い。その下にカツオ、さらにその下にマグロがいる。
この時期のカツオは、戻りガツオとして釣り人にも喜ばれるのだが、シイラを持ち帰る釣り人は多くない。しかしこの魚も顔に似合わずソテーなどで食べるととても美味である。
男は狙った魚ではないがシイラを嬉々としてクーラーボックスにおさめた。
余談だが、マグロが釣れる海域はサメがいる。
魚のとりこみにもたついていると、その魚をサメが食べてしまい、非常に大きなサメがかかるということも珍しくない。
流石に巨大鮫を船上に引き上げるわけにいかないので、その時は仕掛けを切って海へ帰ってもらう他ない。
そう考えると食べられるシイラに出会えただけでも幸せなのである。
第二章:キハダマグロ釣り特有の「瞬殺」と対策
シイラの顔を見た後、何回か仕掛けを入れ直しているが、マグロの反応がでているにも関わらずコマセにはつかないという状況が続いた。
「仕掛けを落としてはコマセをふり出す」という作業を早朝から延々と繰り返し、魚の顔が見えない時間が続くと、釣り人は精神的にも肉体的にも疲労を感じてくるものである。
男もやや気持ちの糸が切れ「船の形とはいろいろな種類があるのだなあ」と、海上に点在するマグロ船団の数々を眺める。すると、視界の端っこに入り込んでいた置き竿が、波のリズムに逆らい今までにない反応をしはじめた。
男はキハダをかけたことはないがカツオは何本も釣ってきているので即座にわかった。
これは明らかにカツオの反応ではない。
もしやと思い竿を持ち合わせを入れる。
「グッ・・グッ・・グッ・・・」
「バツン!」
ドラグをガチガチに締めていたのが仇となったか、合わせを数回入れた後に仕掛けが切れた感触が手に伝わってくる。
重かった竿が「ふわっ・・・」と軽くなる、あの嫌な感じだ。
7メートルで自作した仕掛けを巻き上げて見ると針の手前で切れていたので、かかりどころが悪く合わせたタイミングで切れたのであろう。
針を坂本結びでしっかりと締め直し、気を取り直し再度仕掛けを落とす。
今度はドラグを少し緩めておくことにした。
そして数時間後、またその時が来た。
海中に引き込こまれる竿。40メートルあたりでコマセをまいていたが、気がつけば150メートルまで走られて糸が出ている。
魚の動きが弱くなってきたところでドラグを締め直し、数回合わせを入れる。
「グッ・・グッ・・・」
どうやら今度はうまく仕掛けがかかったようだ。その重量感が手に伝わってくる。
そして竿をシャクって少しずつリールを巻くという作業をくりかえし、10分程かけてようやく水面から20メートルのところまでマグロを引き寄せることができた。
しかしここからが長くなるとは想像もしていなかった。
水面が近くなり、視界が明るくなってくると一段と抵抗を強めるマグロ。
ここからは「糸を巻き上げるとマグロが走り出す」の繰り返しとなり、仕掛けが海面に上がるまで更に10分程かかるのであった。
すでに男の腕は悲鳴を上げていた。
無事仕掛けが見えてきたものの、仕掛けの長さが7メートル程あるのでまだ魚影は見えない。
ここから仕掛けを手繰り寄せてキハダを引き寄せる一番難しい作業が残っている。
徐々に引き寄せられる仕掛け。段々と緊張が高まってくる。
マグロを釣り上げている最中は、当人以外の釣り人はオマツリ(糸が絡むこと)を避けるため、竿を上げて待機しており、釣り人のファイトを見守るのがルールである。
すなわち男以外は誰も釣りをしておらず、必然的に視線は一点に注目が注がれる。
そんな中聞こえた声。
「見ろ!なかなか大きいぞ!40キロくらいだ!」
男は初めてのマグロ釣りで大物上がってきたことに興奮と喜びを感じ、腕の疲労も忘れ必死にマグロと対峙したのであった。
しかしなんと世界で一番長い20メートルだろうか。
第三章:怪物
40キロのマグロとの格闘から1時間後、男はまた海に仕掛けを落としていた。
男は充実感にあふれていたが、まだ時間が残っていたのでさらなる大物を求め仕掛けを作りなおし、機会を伺うのであった。
「流石に1日に2本も釣れるのは出来すぎているだろう」
そう思った矢先である。
手持ち竿に大きな衝撃が走る。
合わせを入れてみると確かな手応えがある。
しかし、いざファイトが開始となった途端、先ほどのマグロとは違い、リールが素直に巻ける。
「バレたか?(魚が逃げること)」と思ったが、残り5メートルのところでビタっとリールの回転が止まった。
たしかに、居る。
どうやら魚は釣られたことに気づかず、船の方に向かって走っていたようだ。
すんなり上がってきた事で先程のマグロより小さいなと察し、さっさと釣り上げてしまおうという作戦にでた。
しかし5メートルから上がってこない。この5メートル地点から20分は格闘をしていただろうか。
ようやく観念した魚が水面に上がってくる。
もちろん他の釣り人はこちらの様子を見ている。
そんな中、またも男の頭上から声が聞こえる。
「これはでかいぞ!50キロはある!慎重にな!!」
なるほど、全く上がってこないわけである…。
男は格闘をしている最中に水面を泳ぐシイラを眺め「あれだったら簡単にひっこぬけて楽になれるのに・・・」などと半ば釣り人にはあるまじき思考回路に陥りつつ、残された力を振りしぼり再度マグロとの死闘を繰り広げるのであった。
人間とは与えられた状況が恵まれていると、恵まれていることに気づかない生き物である。
最終章:クーラーボックスの中身。そして・・・
初めて瞬殺されたマグロのアタリから、40キロ、50キロとのマグロとの格闘を終え男の体はガタガタであった。
元住吉に到着し、余韻に浸りながらハイボールを飲もうとしたものの、メガジョッキを頼んでしまい、両手でないと持てないという有様である。
今日という一日を男は忘れないであろう。
そして男はクーラーボックスの中身をみて余韻にひたるのであった。
( ゚д゚) ・・・ (つд⊂)ゴシゴシ
あれ!?
「貴殿(シイラ)」しかいねぇぇぇ!!
というわけで、キハダマグロは海面まで釣り上げたものの、取りこみができず持ち帰りできたのはペンペンのみとなりました。
なんてこった。
しかし壮絶な大物マグロと2回も格闘できたので充実しております。
釣ったマグロを食べるのは来年に持ち越しですかね。また来年の楽しみが一つ増えました。どうもなかじまです。
可愛そうと思われた元住吉の釣り仲間から、イナダと大アジとカツオの燻製をいただいたので酒のお供は困りませんでした。
どうやら東京湾内もイナダなどが回ってきて賑わっているようですね。
イナダもアジと同じ釣り方なので、釣り初心者の方は東京湾アジのあとはイナダなどを狙ってみると良いと思います。運が良ければ石鯛などの高級魚が釣れる楽しい釣りです。
興味がある方は是非一緒にいきましょう。
それではまた。
寄稿者
なかじま
過去記事
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