古来より釣りはよく人生に例えられることがある。
人生は文学そのものだとすれば、釣りは文学と近しいといってもよいだろう。
日本の釣り随筆で、森下雨村の『猿猴(えんこう)川に死す』は白眉といってもいいかもしれない。
森下雨村自体を知る人は現代ではあまりいないと思う。わたしも、この本を読むまで雨村この人あり、ということを知らなかった。
森下雨村は高知県佐川町生まれで、雑誌「新青年」の創刊編集長かつ、江戸川乱歩や横溝正史らを育成した人だ。50歳をすぎて東京を離れ高知に帰った雨村は、まさに晴耕雨読のような後半生を送った。
この本のタイトルにある聞きなれないことば「猿猴(えんこう)」は、高知で言う河童をさしていて、「猿猴川に死す」は河童のように泳ぎがうまかった知人が、ふとしたことで川で死んでしまったことを書いた表題作である。
Amazonの紹介文を読むだけでも、魅かれるものがある。
内容紹介
定年釣り師垂涎、幻の名著が完全復刻で登場
釣り愛好家の間で密かに読み継がれてきた幻の釣りエッセイ、森下雨村著『猿猴 川に死す』の完全復刻版。敏腕編集長の職を捨て、52歳で故郷高知・佐川町に帰り、以降無名の一釣り師として生きた森下雨村は、地元の人々との交流を簡潔で美しい文章にまとめた。雨村の死後、この遺稿が見つかり、友人や家族の奔走もあってようやく世に出たのが本書である。巻末にかくまつとむ氏による読みごたえのある評伝50ページつき!
文章は淡々平易ながらも、全体的に牧歌的・文学的な香りを漂わせていて読みやすい。
海というよりも川釣りがメインで、ウナギ釣り、鮎釣り、蟹とりなどが活き活きと描かれている。
- 猿猴(えんこう)川に死す
- 大漁不満
- 鎌井田の瀬
- 面河行
- とおい昔
- 少年の日
- 種田先生
- 園さんと狸
- うなぎと遊ぶ
- 哀れな蟹
- はぜ釣り婆さん
- 博労の宿
- 泰平の宿
- 友釣りの師
- 手箱山の仙人
- 釣運
- もの言わぬ人
- 八畳の滝
- 柳の瀬
これが全体の章立てなのだが、一つ一つのタイトルを眺めているだけでもしみじみくる。
山や川などの豊かな自然に囲まれた高知で、釣りだけでなく、漁師や市井の人との関係などを書いてある。
ラーメンでたとえるならば、街角にあるしょうゆ味の中華そばといったところか。
決して派手ではないが、味わい深い澄んだスープのような読後感がある。
わたしのなかでは一生読み続けたい本の一つに入っている。
ああ、ウナギの穴釣りをしたい。川にモクズガニの仕掛けを仕掛けたい。
※kindleが安価だが、日常の隙間で手にとる文庫の味わいも捨てがたい。