本シリーズ【晴釣雨読の部屋】は、釣りに関する本を読んでレビューするというコーナーなのだが、自分にとって長く読んで楽しめる本を探したいという思惑もある。
そういった点で、この『江戸前つり師』三遊亭金馬著は、老いてもなお楽しめる随筆だと思う。
作者の三代目三遊亭金馬をご存知の方はいらっしゃるだろうか。
落語の世界では有名で、語りのわかりやすさや、登場人物の切り替えなど神がかっている。人情噺の『藪入り』など、YouTubeなどで音声が公開されているので興味がある方はチェックしてみるとよいだろう。
この金馬は、出っ歯でぎょろめの愛嬌ある男なのだが、めっぽう噺がうまいだけでなく、どうやら釣りもうまかったようだ。本書のなかでも釣りバカぶりと釣りでの実績をあげているが、随所に釣り場ごとのレコードクラスを釣っていたという解説がある。
文章を書く身になってから読みやすい文章や人を楽しませる話の筋について日頃考えるが、この金馬の文章は噺家らしく口語もまじりながらとても読みやすい。人情の機微であったりが滲んでいる。
たとえば、手長海老釣りのエピソードでは、以下の通り。
(中略)地下鉄に乗ると、ぼくの隣に新聞を四つ折りにして、ぼくの顔の前へ出して読んでいる男がいる。押されるので隣りの吊り革へ移ると、その男もぼくのからだにピッタリとついて離れない。ひょいと気がついてみると、その男の手がぼくの外套のポケットにはいっている。さっきからどうも変なやつだと思っていたが・・・・・・と、そいつの顔をジーッと見て、「マッチと定期券だけだよ」といってやった。その男、実に変な顔をして次の駅でおりて行ってしまった。地下鉄での手長釣というわけである。
金馬が実際に地下鉄で出会ったすりの様子をテナガエビにたとえたところに面白さがある。
実際のテナガエビの釣りも、いきなり餌のアカムシやらミミズやらをひったくるわけではなく、そろっとやってきてアタリがウキにでる。玉ウキや唐辛子ウキが、魚とは異なる魚信を釣り人に知らせる。
「マッチと定期券だけだよ」
すりに対してつかまえるのではなく、声掛けして諭すように退治するところに、人の弱さを知り尽くした金馬の情を感じるのはわたしだけではないだろう。
釣りに関しては、江戸前のハゼやシロギスの釣りから淡水のタナゴやワカサギの釣りなど、川柳を織り交ぜつつ文章がつづられている。
― 酒はナダ色は年増に釣りは青 ― 金馬
また一つ、殿堂入りの本ができてよかった。
人情のながれのなかに竿をだし
<今回とりあげた本>
『江戸前つり師』三遊亭金馬著