スパゲッティをゆでるとき、「お湯がもったいなや」と思ったことはないだろうか。
というのも、スパゲッティをゆでるためには、たくさんのお湯が必要だからだ。
1人前茹でるのに必要な湯は、だいたい2リットル。
2リットルの麦茶を想像してほしい。けっこうな量だ。
それに大量の湯をわかすから、そこそこガスを使う。オール電化なら電気を使う。
どうせエネルギーをつかうなら、1人前などと遠慮せず、もっとたくさん茹でたほうがよさそうだ。
そこで、「なんなら500gのスパゲッティを全部茹でてしまえ派」が幅を利かす。
ははん、一見、とても合理的と思える。
1袋すべてのスパゲッティを豪快に湯に投入してしまうという力業。
しゃらくさい小技ではなく、横綱相撲とはこのことではないだろうか。
「そうなると、お湯は10リットル必要だけど、まー、ちょっと控えにしておくか」
あなたはそう思う。
「500gのスパゲッティだったらなんとか食べられそうだな」
そう思うのは料理の素人だ。
もしくは、学生時代にそこそこ豊かな生活をしていた人ではないだろうか。
ブルジョアめ。
実は500gのパスタは、ゆでると2.5倍近くに増量する。
そう、乾麺が湯を吸うと1キロ以上に変身するのだ。
この1キロの茹でパスタを年百年中食くりかえし食べ、青春を送ったものしか見えない世界がある。
それは、どんな世界か?
その世界はここではあえて語らない。
なぜか。
この記事は「タコ・ナポリタン」の作り方を紹介する記事であるからで、本題に入るのが遠回りになりすぎる。
むしろ、ここまで読んできた人は、知らない外国でやたらに遠回りするタクシーみたいな文章だなと思っているかもしれない。
安心してほしい。いくら読んでもこの記事は無料だ。
インドで三輪タクシーに乗って30ルピーの道のりが、到着時には150ルピーになっているようなことはない。
さて、そろそろ本題に入ろうか。
茹であげたパスタはもれなく伸びる。
まるで、雨粒が天から落ち、地上から蒸発した水蒸気が雲になって雨になるかのごとくに。
先だって、わたしは「蛸とトマトのスパゲッティ」を作った。
実際、これは旨かった。
もうすぐ3歳になる息子と、妻がバクバクたべていた。
息子の手指と口の周りが赤く染まる。
妻はいった「これだから外でパスタは食べられないんだよね」
わたしは黙ってバクバク食べた。
冒頭の思考回路で500gのスパゲッティをゆで上げたこともあり、冷蔵庫に大量の伸びた1.9mmスパゲッティと、タコとトマトのソースが残った。
おい、どうするか。
伸びたスパゲッティとトマトソースで出来るもの。
そう、ナポリタンである。
ナポリタンというのは日本風のトマトソーススパゲッティだ。
あたかもナポリの人が食べているっぽく聞こえるが、実際は「天津飯」同様に、現地の人はナポリタンなんて食べない。
むしろ、イタリアの人はナポリタンの存在自体をしらないのではないだろうか。
ナポリなんていったことがないけど、たぶん、それは間違っていないだろう。
遠い海を越えて、肌や髪の色、瞳の色が違う東洋人が、つくりあげたスパゲッティ。
パスタ屋というよりも、白い壁紙がヤニ色になった喫茶店に似合うメニュー。
ケチャップと油の旨味、玉ねぎ、にんじん、ウインナー、ピーマンという、どの家庭の冷蔵庫にもある食材で作れるのに妙に旨いヤツ。
それが、ナポリタンである。
ナポリタンには優れているところが一つある。
それは、賢しらに茹でたて麺をつかうよりは、茹であげてから時間がたって伸びている太麺をつかったほうがうまいという点である。
誰もが知るように、パスタ類はアルデンテといって、多少芯が残っている食感だからこそ旨い。
ところがどうだろう。
ナポリタンだけは伸びきってダレているスパゲッティだからこそ旨いのだ。
人生の旬をとうの昔に過ぎて、もろもろ弛緩しているような人間だからこそ活躍できる世界。
アルデンテの状態でナポリタンを出す店もあるが、アレはニセモノだと思う。
それはそれで旨いんだけど、本当のナポリタンではない。
お前はニセモノだ。
いつもそう思いながら食べている。口に出すと頭がおかしいと思われるので口にはしない。
それぐらい、ナポリタンと伸び麺の愛称は抜群なのだ。
ってことで、そろそろナポリタンづくりに入りたい。
まず茹であげたスパゲッティ1.9mm(太い麺がうまい)を冷蔵庫から出す。
保冷する前にオリーブオイルかバターをまぶしておくと、ほぐれやすい。
冷えたスパゲッティは電子レンジでチンしておこう。
そして具材を切り分けておく。
- ウインナー(シャウエッセン以外の選択肢があるのだろうか)
- ピーマン(今回は大型のししとうをつかった)
- 玉ねぎ
- にんじん(火が通りにくいので、薄く)
次に、中華鍋にオリーブオイルを多めにいれてあたためる。
鉄のフライパンでもいい。むしろ鉄フライパンが本流だ。
中華鍋でイタ飯を作れる自分に惚れているので中華鍋を使う。
テフロン加工のフライパンは強火で加熱するとコーティングがとれやすくなるのでやめよう。
それと、ナポリタンだけは多少くどいほうがうまいので油は多めに入れよう。
油こそが成功のコツである。
喫茶店では安サラダ油をつかうのが一般的だが、身体を考えてオリーブオイルにした。
具材を炒める。中華鍋をつかって強火であおればいい。
野菜が半生の状態で、レンチンしておいたスパゲッティをイン。
すかさず中火にして、安白ワイン(本みりんでもいい)を投入し、ほぐしながら炒める。
やがてスパゲッティがめきめきと青春の弾力をとりもどす。
冷蔵庫内でしなびていたあの茹で麺がだ!
まるでオフィス内で存在感のない中年リーマンが、週末になると意気揚々と釣り船にのって「竿頭でした!」「次頭だった、残念!」とかいうのに似ている。
物事は1位以外には意味がないのだ。
1位を目指して生きるから、さらに高みにいける。
これまで見たことがない世界へいけるんだ。
蓮舫議員にはその人生の真実を小一時間問い詰めたい。ごめん、やっぱり話したくない。
全体がなじんできたら、味付けをしよう。
今回は、蛸とトマトのスパゲッティの残ソースに加え、以下の調味料で仕上げる。
- ケチャップ
- バター(仕上げ)
- 牛乳少々(仕上げ)
バター+牛乳の代わりに小賢しく生クリームを入れるともっと旨くなるけど、小賢しい。
ケチャップというものは、つけると味わいが安っぽくなるのだが、ナポリタンだけはケチャップがないとはじまらない。
ケチャップはナポリタンのために生まれてきたんじゃないか。
いつも喫茶店でナポリタンを食べるとそう思う。
フライドポテトを食べるときにケチャップをつける。
ケチャップはフライドポテトのために生まれてきたんじゃないか。
そうも思う。人間だれしも小早川。
調味料が全体にいきわたったら、皿に盛りつけよう。
パルメザンチーズをたっぷりかけよう。
サイゼリヤとかでパルメザンチーズが無料だからといって、バカの一つ覚えみたいにパスタにかけるバカを見たことがないか?
それは大学生の頃の俺かもしれない。
湯気とともに立ち上るニオイ。
いいや、香りじゃない。
これはニオイだ。
子育てをしたことがある人ならわかるだろう。
パルメザンチーズのニオイは赤ちゃんの吐しゃ物によく似ている。
つまりゲロだ。
でも、ナポリタンにはパルメザンチーズが欠かせない。容赦なくパルメザンチーズをかけよう。
黒コショウもすりすり。
そしたら、かき混ぜる。
それと、タバスコが必要だ。
イタリア人はタバスコなんか使わないんだけど、ナポリタンはイタリア人のものではないので気にしなくていい。
ナポリタンは間違いなく我々日本人のものなのだ。
あとは湯気が出ているうちに食べる。
かまととぶらず、口いっぱいに頬張ろう。
家なら、フォークをつかわないで、箸でいいと思う。
そこで、あなたは思わず声を出す。
めちゃうめぇー!
なにこれうめー!
最強にうめー!
そう。
本当に美味しいものは、小賢しい言葉の脚色など必要ないのだ。
思わず出てくる言葉を信じたほうがいい。
この日3歳になる息子と、妻もこのタコ・ナポリタンをバクバクたべていた。
息子の手指と口の周りが赤く染まる。
妻はいった「これだから外でパスタは食べられないんだよね」
気づいたらあなたは目前のナポリタンをすべて胃におさめている。
1キロ強のスパゲッティをすべて食べきったという心地よい達成感。
そして、容赦なく襲ってくる強烈な眠気。
そう、小麦はエネルギーの素としては優秀なのだが、たらふく食べるとまるで睡眠薬のように眠くなる。
この眠気を抑えるには濃いめのアイスコーヒーが効果的だ。
デザートにコーヒーゼリーをつくっておき、ハーゲンダッツのバニラを乗せたら、飛ぶぞ。
濃いめのアイスコーヒーを飲みながらあなたはこう思う。
スパゲッティを茹ですぎた人間に神が与えたもうた選択肢。それが「ナポリタン」だな、
と。
平田(@tsuyoshi_hirata)