秋の夜が好きだ。
夏のうだるような夜気が消え去り、日が暮れると涼しくなって、空気が軽い。
そして、河口域は「いきもの」でにぎわう。
今回は秋の河口で海老をつかまえて食べる話をする。
秋の河口は生き物の宝庫
8月も中旬をすぎれば夏の終わりがすこしずつやってきて、日を追うごとに蝉が勢いを無くしはじめる。
そろそろ寝ようかしら、目をつぶって耳をすませると、夜の底でコオロギがしだいに勢いを増す。
この勢力図の変化はじんわり起きているのだが、人間はあんまり気づかない。
或るときに、「あれ、そういえば蝉鳴かなくなったよね」という風に、ものごとが急に変化したかのように感じる。
そうではないのだ。
いずれにせよ、この変化の時期をわたしは敏感に感じる体質で、時が近づくと河口の生き物を思い描く。
河口は秋になると台風の雨水も入って水温もちょうどよくなるのか、流下物やそこから湧くプランクトンなど、餌も多いからか、生き物が1年で一番多くなる気がする。
- 死滅回遊魚(メッキ類)
- モクズガニ(実際は晩秋にかけてが盛期)
- マハゼ(今年の湧きはどうかな)
- 稚蟹(タイワンガザミやイシガニなど)
- コチ類の幼魚(マゴチ、イネゴチ)
- 無数のボラ
- ウナギ
- 海老類
- スズキ
- エイの仲間(アカエイ、ツバクロエイ)
などなど。
このなかでも、どちらかというと、小さい生き物に興味がある。
外海とちがって、河口域は敵が少ないからなのか、幼魚や甲殻類の子が集合する。
これらの小さき者をただ観察したり、手で捕まえてみたり、網ですくってみるのがおもしろい。
タイワンガザミの子がやけに多いぞ
毎年、蟹の湧き具合は異なるわけだが、今年はタイワンガザミの稚蟹が多くて砂底をヘッドライトで照らすとどこにでもいる。ちょっと見たことがないぐらいの数がいる。
海流の関係で幼生がこの河口にたまったからなのだろうか。
天敵のアカエイ・クロダイ・キビレ・クサフグはマダコやコウイカ類とちがって河口域にもたくさんいるわけだが、稚蟹は警戒心が高く、動きも素早く逃げ切っている個体も多いようだ。
ちょっとでも異変に気付くと、驚異の速さで逃げる。
ガザミ類の特徴として脚の一部がオールのような形状なので、うまく水をとらえてすばしっこく動く。
「ワタリガニ」という名前はオール型の脚をつかって潮にのり、広く移動するからといわれている。
また、砂に逃げ潜る土遁の術も得意だ。
ヘッドライトでタイワンガザミを見つけ、手づかみしようとする。
すると、素早く「蟹避け」して1~5mぐらい移動したあとに、砂に沈んでいくように潜る。
器用である。
この追尾時に波や自分の振動により砂煙が舞ってしまうと、どこかに忽然と姿を消す。
まさにニンジャのようである。
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キンセンガニ
「土遁」といえば、この金銭蟹(キンセンガニ)も黒帯級である。
名前の由来は、全体的に丸っこく甲を上からみると銭のようにみえるからだろう。
甲羅は両端がグフのように尖り、全体はイシガニ並みに堅い。
キンセンガニはガザミ類同様、昼間は砂の中に潜っていて、夜になると活発に動く。
![](https://oretsuri.com/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1702_w1200-710x533.jpg)
ガザミ同様オール状の脚をもつが、装甲の硬さもあるのか移動速度は遅い。
が、砂に潜るのはさらに達者だ。
身体が小さいからか、砂に潜ることに最適化された造形だからか、ガザミより砂潜りが上手い。
以前、河口域でシロギスを釣っていて、このキンセンガニについて面白い体験をしたことがある。
シロギスを釣ったそばから蓋を開けたままのジップロックのなかにいれて砂地においていたことがあった。
ちょうど潮が満ちるころで、このジップロックが波におされて、キスがポロリと砂地に落ちて漂っていたらしい。
らしい。
というのも釣りをしていて、ハッとして、背後を振り向いたら、どうも釣りあげたキスの尾数が足りない。
あわてて、探す。
すると、すこし離れたところ波打ち際にキスは腹を上にしていたわけだが、なにやら巨大なダニみたいな生き物がたくさんついている。
そう、キスに大量のキンセンガニが群がっていたわけだ。
まるでザリガニ。
甲殻類全般は貪欲だ。
死んだキスの放つわずかなニオイにつられて、そこかしこの砂から、むくり、むくり、むくりと、登場して群がったのだろう。
砂地を飛ぶ「謎海老」をつかまえる
さて、そろそろ本題に入ろうか。
そう、タイトルのエビの話である。
2年前ぐらいから、この河口に大人の人差し指ぐらいのエビがいることに気づいた。
とはいっても、数いるわけでもないので、「なんという名前のエビか」はつかまえて調べないでおいた。
芝海老、違うなー。
クルマエビ、にしては模様が違う。ウシエビにしては透明。サルエビ、これも色が違う。
ということで名前はしらないまま、あたまの片隅に置いてあった。
先日、ひょんなことから、このエビが思ったよりたくさんいることに気付き、それならつかまえて食べようじゃないの、そうしようよ、そう思ったわけである。
これもタイワンガザミ同様、黒潮ムーブ等の好条件がそろって湧いているのかもしれない。
早速、真夜中に干潮にあわせて出かけてみる。
砂地をヘッドライトで照らすと、目がきらりと光る。
それで目星をつけて、たも網ですくおうとする。
するり。
するり。
器用にたも網を逃げる、謎海老。
ガサガサみたいに相手を「すくう動き」をすると、波動で異変をキャッチしたエビが砂地を跳ねるように逃げる。
まるで海の(河口だが)バッタみたいである。
これじゃあだめだな。ぜんぜんだめだよ。
では、素手はどうか。
それはダメだ。網でとれないのに素手でとるのはもっと難しい。
すこし考えて、ガサガサとは異なる手法をとってみることにした。
「天地落網術(テンチラクモウジュツ)」である。
なんそれ。
説明しよう。「天地落網術」とは、ガサガサ等で行われる網を縦にしてすくったり追い込む手法ではなく、獲物の頭上から網を横にして覆いかぶせる技である。
平田少年が幼少期に虫取りで自然と会得した技でもある。
そうですかそうですか、で、効果はどうなんす?
「こうかは ばつぐんだ!」
5歳の息子がポケモンGOにハマっていて、よく「ばつぐん!」と口にするようになったのでつかってみた。
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「こうかは ばつぐんだ!」 謎海老、ゲットだぜ!
この中二感満載の「天地落網術」。
一見、ロマンシングサガで「ひらめき」そうな必殺技(たぶん全体攻撃系)であるが、砂地に生息する謎海老にはクリティカルヒットを連発したのだった。
なにしろ、水深がひざ下の30㎝くらいのところにいるので、上から水平に網をかぶせても謎海老に逃げられにくい。
網をかぶせたあとに、砂地に隙間ができないようにして、網の上から手づかみで謎海老の動きを制圧。
岩場でないからこそできる地形を利用した攻撃手法。
これはたも網とはいえ、投網みたいな使い方だな、そう思った。
我ながらクレバー。
人間どこでなんの経験が役に立つかわからないが、少年時代の虫取りが、食料確保に役立つとはね。
虫取りもバカにならない。
謎海老の正体は「フトミゾエビ」だと思う
さて、手柄自慢もこの辺にして、謎海老の話に戻りたい。
てか謎海老いうてるけど、何のエビなのか。
ここまでなんとか頑張って読んできたあなたも知りたいはず。
![](https://oretsuri.com/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1698_w1200-710x533.jpg)
You、フトミゾエビだよね、たぶん(ちがったらごめん)
わたしも当然知りたくて、ネットで調べたんだけど、たぶん「フトミゾエビ」だと思う。
(どこかのエビマニアの方、ちがっていたら、教えてください)
大型個体より色彩がひかえめだが、それは子供だからなのだろう。
クルマエビの仲間で、額角の両脇の溝が太いからそう呼ばれる海老で、色合いが飴色というか真鍮カラーなので、「シンチュウエビ」と呼ばれるそうな。
息子が読んでいる小学館の図鑑NEO「水の生物」にはこう書かれている。
全体的に黄金色をした美しいエビです。小さなものは干潟でもとれ、つりえさとしても利用されます。
▼この書籍は大人でも勉強になるし生き物好きの子供におすすめ。
ほーん。
尾びれと脚の色彩はたしかにクルマエビっぽく、鮮やか。
どうやら、房総半島以南で確認できるが、沖縄(「セーグァー」と呼ばれる)など南の地域ほど数は取れず、サイズも大きくならないとのこと。
相模湾ではたまに漁獲される模様。東京湾は不明ながら、房総や三浦半島あたりはとれるのでしょう。
ふむふむくん。
浜名湖あたりでとれているサイズはもはやクルマエビ級というか、その子供のサイマキ級で天ぷらにしたら旨そう。
が、この河口にいる個体は大きくても人差し指程度。
話を謎海老あらため、フトミゾエビ捕獲の話へバックする。
その後も、熱中して、
「天地落網術!」
「天地落網術!」
「天地落網術!」
「天地落網術!」
「天地落網術!」
と、真夜中の河口で繰り返していたところ、どうにか「おかず程度」には取れた。ほくほく。
フトミゾエビを漬け丼にして食べる
さて、料理のお時間へ。
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こちらがもって帰ったフトミゾエビ。
砂地にいたときは透明感のあるエビだったが、蛍光灯で照らすと、たしかに飴色っぽい色合いに見える。
今回は「漬け」にするので、まず腸炎ビブリオ対策をば、と、砂落としをかねて流水ウオッシュ。
背ワタは小さいのでそのままに。
気になる人は背ワタと胃袋は抜いたほうがよいかもね。
その後、タレをこしらえて、漬けるわけだが、深夜ということもあり、面倒になってしまい簡易バージョンでいくことに。
※以上の数値は感覚
以上を混合し、煮切ることはしないで漬け液をつくった。
ぺろり、と、指につけて、味見をする・・・
いいね、いいよ、グッドだね。
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これをまだ生きているフトミゾエビにそそぐ。
ゆるせよ。
これも世の習い。
するとどうなるか・・・
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パチン!パチン!
わ!
当たり前にエビが飛び跳ね、漬け液が周囲に飛散するという体たらく。
「うちの社員だったら殴ってるでしょうね」状態である。
が、備えあれば、憂いなし。
ご安心ください。
風呂場でやったので無傷。我ながらあっぱれ策士。
コーエー・三国志で鍛えた策謀はこういうところに生きるわけだ。
その後、動きをとめたフトミゾエビをジップロック類に密封して冷蔵庫へ。
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よし、俺のターン、エンド!
寄生虫対策では冷凍して云々もあるが、まー今回は塩分濃いめの汽水域なのでよいだろう。
気にする人はやればいいと思う。
・・・
・・・
・・・
翌日の昼、まずは酢飯をつくる。
釣友からミツカンの「山吹」を教えてもらい、しばらく酢飯につかっているのだがこれがいい。
酢がツーンと来ず、うまみが多い。
いわゆる赤酢だからシャリに色がほんのりつくのも、慣れてくれば気にならない。
1本1,000円ぐらいする、お酢業界のエグゼクティブというかハイエンドアイテムである。
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この通り、どんぶりに酢飯をもって、刻み大葉を敷いてスタンバイ。
![](https://oretsuri.com/wp-content/uploads/2023/09/IMG_1723_w1200-710x533.jpg)
こちらが、完成したフトミゾエビの漬け。
試しに、1尾つまんでみたところ、甘い、甘い、旨い、甘い。
いいぞ。
まだ小さいということもあってか、殻がやわらかく気にならない。
わざわざ「フンドーキンの甘醤油つかっているんだから、甘いのは決まっているだろう」と思ったら大間違いだ。
体験したことがない物事に賢しらぶってクソコメをつける。
昨今のSNSでよく見られる、その習慣には感心しないぜ。
フンドーキンのステビア的甘さの奥に、甘エビのような海老独特のナチュラルな甘みがあるんだ。
臭みはゼロであり、砂噛み感もない。
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なので、殻ごと盛りつけることに。
一見すると、テナガエビの腕をもいだものを漬けにした感もあり、寄生虫とか大丈夫なの?
と、思う人もいると思う。
が、これはフトミゾエビなのだ。たぶん、きっと、メイビー。
ってことで、いただきまーす。
がほがほがほ。
ん!
なにこれめっちゃうまい!
旨!
旨!
殻ごと食べたのが正解だった。
ワイルドの奥底に潜む、甘エビ的な甘さ。
これはヤバイ、ヤバイよ。
と、妻にいいながら、1分ぐらいで空気ごと、掻き込んで完食。
正確にいうと、妻と半分ずつ食べた。
妻曰く、「これは凄く美味しい。でも、触覚はカットしておいたほうがおいしいかも」とのこと。
彼女は、100%肯定しないところがいい。
というか、いつもは50%肯定ぐらいなので、95%肯定ぐらいされているこの料理は実際旨いのだろう。
たしかに、触覚は取り除いたほうがよいかも。
そうやって、物事はよくなっていく。
それにしても、どんぶりってのは、行儀が悪い食べ方がよく似合う。
フトミゾエビ、また気が向いたら、獲りにいこう。
ではでは。
平田 剛士(@tsuyoshi_hirata)
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