夏は水辺で亡くなる人が増える。
解放感もあるし、なにより水辺にいったり、実際に川や海に入って遊ぶ人も多くなる。
毎日のように発生する水難事故の中には、釣り人が含まれていることも多い。
堤防や磯から落水するというのが一番多そうだ。
今回は、注意喚起のために、ウェーダーをつけたバス釣り、つまりウェーディングをしていたら死にかけた経験をお話しする。
今となっては、もうこんな危険なことはやらないし、想定されるリスクに対しての対策をして釣りをしている。
埼玉の小河川でバス釣りをしていた頃
或る夏。
正確な歳はわからないが、埼玉に住んでいた頃なので、20代前半の頃だったと思う。
今ではほとんどやらないのだけど、バス釣りをまだやっていた時代。
埼玉の河川には、所謂ブラックバスと呼ばれるラージマウスバスと、スモールマウスバスが生息していて、ポイントを開拓するために、バイクで河川をさかのぼっていた。
といっても河川敷沿いの道路を直であがっていくわけではなくて、大きな道路が川を迂回するように走っていて、自宅から1時間ぐらいかかったような気がする。
夏場に交通量が多い道路を走っているとトラックの排気を中心に、身体が煤汚れる。
ヘルメットを外すとが外気が心地よいし、締め付けられていた頭部が生き返るようだ。
橋げた近くから降りる。
河川敷にバイクをとめて、少し歩くと河川がみえて、手前側は護岸。対岸は数十メートル先で芦原だった。
対岸の芦際にトップウォーターのプラグをキャストすると、スレていないのか、かなりの確率でバスがヒットした。
これはいい場所だな。
夕暮れ時になってライズした個体をみると50㎝ぐらいはありそう。
人も少ないし、穴場なのかもしれない。
いつだって釣り人はそう思い込む。
そんなこんなで、しばらくこのポイントに通った。
いつもは三兄と釣りをしていた。
問題が起きたのは、一人で釣行したときだった。
新規開拓したポイントは水路のようなところ
あるとき、一人で釣行した際、いつものポイントが釣れないので、さらに上流を目指すことにした。
上流には河川本流に合流している小河川があった。
あれは「水路」と呼んでもよいのかもしれない。
それぐらい、川幅が狭く、5mぐらいしかない(もっと狭かったかも)。
が、油断してはいけない。
ブラックバスはこういった小河川にも入ってくるし、小場所だからといって釣れるサイズが小さいとは限らない。
それにどうだ。この水は冷たいじゃないか。
そう、そう思った。
本流の水は真夏の都市河川なので、それなりに温んでいる。
それに引き換え、その小河川の水はひんやりしていたような気がする。
何故なのか。
雨水が流れているのか?
地下水が流れ込んでいるのか?
当時は深く考えなかったが、とにかくひんやりしていて気持ちがいい。
チェストハイウェーダーとよばれるナイロン製のゴム長が胸まであるものをつけて立ち込んでいる。
不思議なもので、ウェーダーを履くと濡れないという事実で防御力が上がったような気になる。
だから強気でいたような気がする。
ウェーダーをつけたまま死にかける
底は形状的に、U字というよりもV字に近い。
流れが速いからそうなっているのだろう。
底質は泥というよりも粒状。園芸用赤土の塊のような。これが固くないので足を踏み入れると流芯にむかって崩れる。
だから、水路の一番外側を歩くようにしていた。
思えば、この時点で、ちょっと危ないかなとは思っていた。
なぜか。
一番外側を歩いたといっても、水深がわたしの腰上ぐらいまであったからだ。それが速い流れにより、おそらくV字状になっているとすると、真ん中は顎下ぐらいまであるんじゃないか。
そんな考えはあった。だけども、まー端を歩けばなんとかなるんじゃないかと思った。実際、足元は歩けば崩れるけど、なんとか踏みとどまれるので。
それで水路を歩き上り、上流にキャストを繰り返す。
釣れない。
アタリもない。
釣れそうなんだけど、釣れない。
やけに流れが速いからか。
でも、本流から入ってくるバスはいるはず。
そんな思考を巡らせて、キャストを繰り返す。
投げていたのは、スライダーのバスグラブ(ジュンバグが好きだ)だったような。それともメガバスのミノーXだったような。
繰り返すが、水深は、腰ぐらい。
胸まであるチェストハイウェーダーといっても、安全面を考えると、胸下まで入るのは危険だし、腰下ぐらいでとどめておいたほうがいい。
今ではそう思うが、当時はどんどん進んでいった。
釣れないときに前に進むか、諦めるか。
これは人によるのだと思うが、当時のわたしは前に進んだ。
それは、水が冷たくて心地よいというメリットもあったのかもしれない。
と。
踏み出した足の水底が崩れて沈み、足裏で踏ん張りがきかなくなった。
V字と思われる流芯にむけて足が滑っていくが踏ん張りがきかない。
流れも速い。
沈んでいく水底。
ここで、このままいくと、胸上まで水面が来てしまい、ウェーダーの中に水が入る。
そう思った。
とっさの判断で、なんとか踏ん張ろうとしてつま先立ちをしつつ、もとの岸際へ戻ろうとする。
崩れる水底。
ヘドロではないが、全く安定しない。
人間こういったときはアドレナリンが流れるのか、呼吸が荒くなり、鼻で息をしていたのが口で息をしはじめる。
なんとか靴底の沈みがとまった。
このとき、つま先立ちをして、胸部ギリギリ。
むしろ、必死に動いたので、ウェーダーの中に水が多少入っている状態。
このままV字の中心である流芯に行ってしまったら、死ぬのかもしれない。
いや死んでしまうに違いない。
ウェーダーの中に水が入り、身動きが取れなくなり、じたばたしている間に水を飲んで沈んで流されて・・・。
これは後から考えたことで、このときはとにかく岸のなにかをつかまなければという考えしかなかった気がする。
このとき、なぜ速い流れのなかでつま先立ちし続けられたのかは覚えていない。
流れのなかにあった何かにつかまったのか、釣り竿をつかったのか。
そのあたりは記憶から欠落している。
とにかく、なんとかつま先立ちしている状態から、つま先立ちのまま、岸のほうにあるいていく。
すると、砂地の下には粘土層でもあるのか、足がぜんぶ埋もれてしまうということにはならない。
こうしてつま先立ち歩きを繰り返していると、なんとか足元が比較的しっかりしているところに進めて、再び水深が腰上ぐらいまでになった。
岸際のなにかにつかまり、空を見上げるとやけに青い。
再び、アブラゼミの声が聞こえはじめて、自分が助かったことを知った。
ウェーダーを過信しない。むしろ死に近づく道具と考えたほうがいい
その日はもう釣りをやめて、ウェーダーの中に水がたまったまま、バイクに乗って帰宅した。
人知れず事故にあい、人知れず助かる。
報道されていないヒヤッとな釣りの事故はそこらじゅうにあるのだろう。
このときから、ベテラン釣り師では当たり前なのだと思うが、ウェーダーを過信しなくなった。
ウェーダーでも、バイクのフルフェイスヘルメットや耐衝撃・防刃素材のウェアでも、いろいろ装備を重ねると、なんとなく自分が無敵になったような気がする。
チェストハイウェーダーだったら、どんどん深場、沖目へ出ていくのが平気になったり。
河口や干潟エリアのシーバスウェーディングでも、異様に沖目で投げている人を見ることがある。本人は浅瀬とルートをしっているから大丈夫と思っているんだろう。
フルフェイスヘルメットをしていると、風を感じにくくなるので、バイクのスピードも出やすくなる。
実に、似ている。
ウェーダーだったら、水に濡れないからなんとなく、水に強くなった気がする。
が、今はそんなことは思わない。
むしろ逆だ。
ウェーダーをつけて、水中に入っていくことは、自分がより死に近づいているということを理解したほうがいい。
チェストハイウェーダーでも、腰下ぐらいまでの水深で自制するなど、常に死を踏まえた行動をオススメしたい。
海ならば突然の引き波があるし、海底の地形は良く変わる。
それに自分がいつでも健康とは限らない。
足がつるかもしれないし、突然、脳梗塞で気を失うかもしれない。
そういったことを考えると、やっぱり、リスクが高い釣りではライフジャケットはつけたほうがいいし、単独釣行は避けたほうがいい。
緊急事態があったときに助けてもらえる確率はあがるし、自分が無理な行動をしがちな場合、冷静なバディ(相棒)だったら、きっと、いさめてくれるはずだ。
<追記>
夏場ウェーダーのソールが剥がれたり、剥がれかけているものはしっかり接着しておきましょう。うまく接着できないものは、無理せず交換しましょう。今回のような事故にあうと、それこそリスクが上がります。